- 2013/02/14
- Category : BSR
甘くない話。
うっかり自分チョコを買い損ねてチョコ無しな今日です、しょんもり。
さてさて。
続きから、バレンタイン(かもしれない)小咄など。
※食べ物と軽い流血(というか軽い怪我?)の話題が混在しています
そういった内容でも大丈夫という方は、どうぞお付き合い下さると嬉しいです
今日は身内にセキュリティを破られるような異変もなく穏便に業務を終えて、定時から3時間弱オーバーで退社できた。元親は改札を潜りながらスーツの内ポケットから携帯を取り出して、まだ明かりを灯している店が疎らに残る駅前の通りに足を踏み出した。
最寄駅に着いた旨を認めた文面で同居人にメールを送り、もう夕飯はとっただろうか、まだだろうか、忘れていやしないだろうか、と考える。因みに同居人である政宗がこの帰るメールに気付く確率はかなり低い。それでも送るのはもはや癖と言うしかない。
以前はメール連絡でもって予めチェーンを外しておいてもらえるよう意図して送っていたのだが、ある時メールをしても電話をしてもインターフォンを鳴らしても気付いてもらえなかった挙句3日程家に入れなくなった事があった。その時から無用心ではあるが政宗だけ在宅の折はチェーンをしない事になった。帰宅できなかった間は同僚宅やビジネスホテルで夜露を凌いだのだが、今はどうでもいい話である。
ふと、元親はまだ看板に電気を点けている洋菓子店がある事に気付いた。
今日はバレンタインデーだ。
別段チョコレートに拘るつもりはないが、何とはなしに毎年チョコレートやら焼き菓子やらを買っている気がする。尤も、元親が政宗からバレンタインの何某かを貰った記憶はほぼ無いに等しいのだが。
透明なガラスを縁取る黒い鋼の装飾がお洒落な扉を押し開くと、朗らかな声音で「いらっしゃいませ」と歓迎するように投げ掛けられた。
元親はざっと店内に目を遣る。店員が控えるケーキのショーケースの他に、贈答用の菓子が陳列されたコーナーがあった。通常のギフトとバレンタイン用のものが可愛らしく飾り付けてある。元親はその中から色とりどりのダックワースが入った包を取り上げた。淡く虹色に光るセロファンの袋に茶色とピンクのリボンが掛けられている。
以前に貰い物のダックワースを嬉しそうに食べていた政宗を思い出す。元親はその包を店員に手渡して手早く会計を済ませると、形を崩さないようにそっとカバンに入れた。
入店した時と同じ朗らかな声に送られて通りに出た元親は再び家路を急いだ。
自宅に帰り着いた元親が何時ものようにキーケースから取り出した鍵で施錠を解いてドアを開けた。が、何時もとは違う噎せるほどに甘い匂いが元親を取り囲むように漂ってきた。
玄関には元親の普段使いのスニーカーと政宗の愛用しているサンダルがあるだけで来客を思わせる物は見当たらない。詰まり、この匂いは政宗によって作り出されているという事だ。
「…ただいま」
元親は驚きつつ帰宅を知らせる声を発した。
途端、廊下の先、ダイニングキッチンへと続く扉が開かれ、政宗がひょっこりと顔を出して見せる。
「Hello,dear.」
あまり身の回りの事に頓着しない政宗は今日もぼさぼさの髪に量販店でまとめ買いした部屋着をだらしなく着ている。が、部屋着の上には珍しくエプロンをかけていた。そして頬にべっとりと茶色い何かをつけていて。
「お、おう、ただいま」
敢えて政宗の格好には触れず改めて告げると、政宗は片方だけ顕になった目を喜色で彩った。
靴を脱ぎカバンを足元に置いてコートから腕を抜こうかとしている元親に、猛スピードで走り寄ると勢いを殺さずぶつかってくる。さすがの元親も思わず蹈鞴を踏んだ。が、なんとか倒れる事なく政宗を抱きとめた。
己の目の位置より低いところにある政宗の頭が、じゃれつく猫のように元親の胸元にぐりぐりと擦り付けられるのを見下ろす。よくよく見ると髪にも茶色いものがこびりついている。
中途半端に腕に引っ掛かったままだったコートを何とか脱いで、それも足元に落とすと、元親は空いた両腕で政宗を抱き込んだ。
玄関先まで埋め尽くす匂いに負けないくらいに、政宗から甘い香りが立ち上ってくる。
比喩表現ではなく明らかに髪に着いた茶色い塊が原因だろう。けれど、それすらも可愛いと思ってしまうのはどうしようもない。
──まぁ惚れた欲目だろうけどな
元親は所々についた茶色い塊が甘い匂いを放つぼさぼさな猫っ毛に鼻先を埋めた。
すると、
「元親っ」
政宗が前触れなく顔を上げた。
当然、鼻先を寄せていた元親の顔面を強かに打ち付けて、である。
不意にもたらされた鋭い痛みに本人の意思に関わらず涙の幕が眼球を覆う。
「…What's up?」
不思議そうに見上げてくる隻眼に、
「な、んでもねぇ」
意地で平静を装って答える。浮かんだ涙を引っ込める事など不可能で、とても「なんでもない」ようには見えないのだが、今この場所にそれを指摘する者は誰もいなかった。
「だったらいいけど、」
言葉通りに受け取った政宗がひとつ目をぱちぱちと瞬かせる。
研究や仕事に集中している時に纏う紫電の閃きの如き鋭さは、スイッチが切れている今の政宗には欠片も見られない。元親はスンと鼻を啜って鉄の匂いがしない事を確かめると、朗色を浮かべた顔を政宗に向けた。途端、政宗は唇を引き結び、ひとつきりの眸子をわずか揺らめかせた。その眦が見る見る赤らんでくる。
「どした?」
言って、仄かに朱の差す頬に口付ける。序でに、頬にぺったりとついている茶色い…チョコレートを舐めとった。
「あ、ああ、あのなっ」
たちまち首まで赤く染めて、政宗がもぞもぞと身を捩らせた。くっついていた元親との間に挟まっていた腕を持ち上げる。
「あのな、これ…」
おずおずと差し出されたのは、お世辞にも綺麗とは言えないがラッピングされた小さな箱。
元親は政宗の体に回していた腕を片方だけ解いて、差し出された小箱に手を伸ばした。
掌に収まるくらいの大きさしかないその箱の周囲をぐるぐる回るリボンはよれているし、何度もやり直したらしい包装紙はくしゃくしゃだしセロハンテープがべたべた貼られているし、模様とは思えない赤黒いシミが幾つもついているし……
──赤黒い?
「おい、政宗っ」
元親は小箱を持っている政宗の手を引っ掴むと声を尖らせた。
「おま…、指、傷だらけじゃねぇか!」
包装紙についていたシミは政宗の指の切り傷が原因だった。つまりは血痕だ。
「It's nothing…こんなん、なんでもねぇよ」
気まずそうに口をへの字にした政宗が眉宇を寄せる。
「…ンだよ、いらねぇんなら、」
「いる!いるに決まってる!」
政宗が言い終わる前に勢い任せに告げて、引っ込めかけた手を力任せに引き戻した。
高校で出会ってからこっち、それなりに短くはない付き合いだが、政宗からのバレンタインは初めてで。しかも驚いたことに手作りらしいとくれば、嬉しくない筈がない。
また引っ込められる前に政宗の手から小箱を取り上げて、美人のくせに身形を気にしない天才で変人の恋人を腕の中に閉じ込めた。見上げてくる白皙の面に口付けを降らせる。半分髪に隠された額に、朱を刷いた眦に、チョコレートで飾られた頬に、擽ったそうに笑みを浮かべた唇に。
「ありがとな、政宗」
唇は離したものの鼻先が触れ合うくらい近くで向かい合う眸を覗き込んで言って、
「手作りじゃなくて悪ぃんだけど、これ」
政宗を抱きかかえたままの格好で僅かに屈むと、元親は自身の足に凭せ掛けていたカバンに手を伸ばした。
帰りに買い求めた洋菓子の包を取り出して政宗に渡してやる。
「Thanx!!」
少しだけシワの寄った包を嬉しそうに受け取って、政宗はお返しとばかりに元親の頬に唇を寄せた。
「あのな、それ、オレが作ったんだぜ」
ちょっと得意気に背を伸ばす政宗に、元親は捉えていた腕をゆるゆると解いてやった。
「だろうと思った」
足元のコートとカバンを取って、ダイニングキッチンへと足を向けた政宗に並ぶと、
「こんなトコまでコーティングしてあったしな」
まだチョコのついている頬を指でなぞってやる。
「No kidding!分かってたんなら教えろよっ」
わずか批難するような口調は恥ずかしいからだと紅潮した顔が教えてくれる。
「あァん?俺へのサービスかと思ってた」
元親が悪戯っぽく政宗の頬のチョコを舐めとると、
「Watch it!アンタなんか知らねぇ!」
ばたばたと足音も荒々しく走り去ってしまった。
ダイニングキッチンへと続く扉を開け放していった可愛い背中に相好を崩しながら元親も続いて足を進めた。
だがしかし、直後に目に飛び込んできた光景に元親は静止した。
キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
元親は心の中で盛大に悲鳴をあげた。声に出さなかった…のではなく、声が出なかった。それくらい驚愕したのだ。
なにせ、今朝元親が出勤した時には綺麗に片付けられていたキッチンには何をどうすればこれほどまでに変容するのかと疑問に思う程、汚れた鍋やらボウルやらがシンクに放置されていたのだから。
しかも残ったチョコレートが固まってしまって製菓用の温度計が突き刺さったままのボウルや、同じように食品サンプルもかくやという程に泡立て器が斜塔の如くそびえ立つ片手鍋などもある。
一体どれほどのチョコレートを使ったのか、流し台から床に向かって綺麗なチョコレートつららが出来上がっている。レンジは言わずもがな、焦げ跡なのかチョコレートなのか判別に困る状態だ。
これを片付けるのは当然、元親である。
──おいおい、これ今晩片付けられんのか?もういっそ明日有給にしちまうか
ダイニングキッチンの入口で頭を痛めている元親を他所に、政宗はすっかり機嫌を直していて。一間続きのリビングのソファに膝を立てて座り、プレゼントのリボンを解く作業に没頭している。
元親は、悲惨な状態のキッチンから無理やり視線を外して手元の小箱を見遣った。次いで、リビングでご機嫌の政宗に目を向ける。政宗は、虹色の光彩を放つセロファンを覗き込んで色違いで幾つか並ぶ菓子の選別に真剣に悩んでいた。
──あー…でもバレンタインの翌日に休むとか、勘繰られるかなぁ
同僚には元親に特定の大切な人が存在する事は知られている。恋人の存在を隠すつもりはないが態々吹聴するつもりもないので相手については皆の想像に任せてはいるが。
──台所の片付けが目的なんだがなぁ
元親の視線の先、件の恋人は散々悩んだ末に薄い萌黄色をした菓子を取り出すと、目の前で裏表と何度か翳して眺めている。ややして満足したのかパクリと齧り付いた。
長い前髪が邪魔をして表情が分かりにくいが、もぐもぐと咀嚼したあと、政宗の薄い唇が笑みの形に釣り上げられるのが見て取れた。
──……勘繰られるような事もやっちまうか
隻眼の、広いとは言えない視界の隅に映り込むキッチンを無視して、元親はバレンタインデーを楽しむ事に専念しようと決めた。
そう言えば政宗の髪にもチョコレートがこびりついていたな、と思い出す。風呂に入れて髪を洗ってやらなければ。そのまま雰囲気でなだれ込んでも構わないし、洗いたての湯で火照った肌をベッドで堪能しても構わない。とにかくべったべたに甘い時間を過ごして朝寝坊してやろう、と、元親はその後の甘くない現実には気付かないふりを決め込んだ。
薄桃色のダックワースに手を伸ばした政宗がキッチン近くで立ち尽くしている元親を不思議そうに見遣ってきた。それに、元親は口の端をゆるりと持ち上げて目を細めて答えてやった。
因みに、
政宗の手作りチョコレートの出来栄えは、元親のみぞ知る…。
END
あとがき的な
スペックが極端に偏った伊達さんと彼氏チカさんの妄想をだだ漏れにしていたら、友達がのってきてくれて、
きっと料理も出来ないよね、でも無駄に興味持っちゃったりして、見栄えはよさそうな料理が出来るんだけど某CMみたいに台所には鍋とかフライパンとかが無残な姿で山積みにされててチカさんが悲鳴上げるんだよね
というネタがぽろっと出てきたのですよ。
萌えトークすごい!笑。
ちょっとどこに需要があるのか分からない設定ですが、妄想が楽しかったので調子こいてみました。
普通にお料理だと失敗して焦がしたら匂いで分かっちゃわないかなぁ、と思案していたところにバレンタインですよ、チョコだったら甘い匂いのが強くないかな、と思い至り上の小ネタを適用してみました・苦笑。
少しでも楽しんで頂けたなら嬉しい限り。
長々とお付き合い有難うございました。
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